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月が昇ると、
だれもいない紡績工場の夜勤です
電球はひとつだけ、
ひとりでに糸車が回っていて
カシャン、というのは
ボビンがとり替えられる時の音です
ここが終いになって
もう十年たちますが、
月が昇ると、働きはじめるのです
珍しいオートメーション
戦後まもなく
機械に髪を巻き込まれ、
亡くなった女工さんがあったそうですが、
幽霊のしごとではありません
いえ、
漂うものもあるのですが、
工場にも、
癖がある、
こういうことです
癖というのは残りますから、
四十四年、糸繰りをしたばあさんは
今際の床でも
人さし指の先を舐めては撚り上げる、
そのしぐさから逃れることができません
冥土でも、そうでしょう
糸というのは限りなく細いですから
操つるものたちの肉体に
かえって身ぶりが染み込んでしまうのです、
とり憑いてしまうのです
ほら、
女工さんの手先から
すうっと、
生糸を引き抜けば、
いつまでも踊っているではありませんか
工場もそうです、
糸車の芯棒が
覚えてる、
鉄の粒子は
回りつづけていた向きに
もはや頭を垂れたままなのですから、
ガラン、
と乗りだします
月光がそそぐとき、
満ち干があるのは潮ばかりではないのです

ガラーン、
  ガラーン
糸車が回ってる、
糸たちが泳いでる、
だれもいない紡績工場